システム思考

「システム思考」とは、物事を部分ではなく、相互に関係する全体(システム)としてとらえる思考法。出来事だけを見ず、それらを生み出しているパターン、構造、前提(メンタルモデル)に注目することで、深い理解と持続的な変化を可能にします。システム思考を用いた投資アプローチは、SIIFICのインパクト投資における特徴のひとつです。

#ケーススタディ:ジェイファーマ社

具体的なケースとして、がん治療薬を開発するジェイファーマ社に対して実施したシステム思考を例にとってみます。

ジェイファーマ社のデューデリジェンスにあたり、システム思考で「がん治療の課題とは何か」をテーマとしました。これは患者とその家族、医療従事者、製薬企業、また行政とも対話し、がん治療の実態や介入を必要とするポイントを抜け漏れや重複がないように抽出し、その因果関係を整理したものです。数ヶ月かけて関係者と議論し、何度も書き直してつくりあげています。

ジェイファーマ社のデューデリジェンス時に作成したシステム図
ジェイファーマ社のデューデリジェンス時に作成したシステム図

日本のインパクト投資家の間でも、会社ごとのインパクト評価は行われていますが、その前提である課題そのもののシステム分析を行っている例は多くありません。従来、がん治療薬の開発では「がんの縮小率」に着目し、国が販売承認してきましたが、治療の本来の目的が患者の命と生活、家族や地域との関係も含めた全人的な健康にあるとすれば、そこにも着目して計測する必要があります。このループ図の議論を通じて、ジェイファーマという企業が、患者のQOL(生活の質)に目を向けて薬を開発していることが判明しました。また、がん治療の課題をシステムとして捉えることで、患者だけでなく医療従事者にも目を向けることができた例として、短期のインパクトKPIに置いた「医師の満足度率」があります。患者が最も絶望する時期はがんの告知時ではなく、医師からこれ以上処方する薬剤がないと伝えられたときだと聞きます。これまで有効な治療薬がなかった一部の末期がん患者に、有用性の高い薬剤を処方し、患者に生きがいを与えQOL改善できることは、医師にとってもやりがいや満足感につながります。

薬が承認されたあと「何人に投与されたか」が事業KPIとなりますが、インパクトKPIは「医師の満足度率」と「対象患者の余暇の充実率」等で、明らかに事業KPIとは質が異なり、なおかつ事業KPIとトレードオンの関係になります。これこそがインパクト投資のあり方だと考えます。

#ケーススタディ:オルソリバース社

もうひとつの具体例として、投資第二号案件のオルソリバース社をとりあげます。オルソリバース社は「骨の形成を促す薬の開発」に取り組むスタートアップです。

システム図に必然的に登場する変数として、「ウェルネス・リテラシー」と「ソーシャル・キャピタル」の2つがあります。これは「SIIFICウェルネスファンド」がレバレッジ・ポイントと設定しているものです。初期的に両端に置かれていたこの2変数が、分析が進む過程で極めて近しい変数だと判明したことから、2変数を近くに配置し直しました。

オルソリバース社のデューデリジェンス時に作成したシステム図(書き換え前)
オルソリバース社のデューデリジェンス時に作成したシステム図(書き換え前)
オルソリバース社のデューデリジェンス時に作成したシステム図(書き換え後)
オルソリバース社のデューデリジェンス時に作成したシステム図(書き換え後)

書き換えた後のシステム図から判明したのは、高齢者の骨折治療を改善し、寝たきりになるのを防ぐことで、介護問題の解決に寄与することでした。この事実をオルソリバース社の経営陣に伝えると、経営陣の目の色が変わり、すごく生き生きと、自らの製品の使命を語り始めました。そして、そこから出てきた新たなキーワードが「社会的な痛み」です。高齢者が要介護になれば、周囲に介護離職やヤングケアラーといった課題を引き起こします。それをオルソリバース社の経営陣は「社会的痛み」と名付け、彼らの目標を「身体的痛みだけでなく、社会的痛みからも解放する」と位置付けたのです。最終的なシステム図にはこの理念を書き込み、完成させています。

このように、システム思考を用いることで、​システム全体の​中で、「誰の​ために、​何の​ために​その​スタートアップは​存在するのか」という存在意義さえも問い直します。​パートナー企業は​新たな​気づきを​得られ、​特に​創業者たちが​創業当初の​情熱を​取り戻すきっかけとなるのです。

#従来のロジックモデルの誤謬

従来デューデリジェンスでよく使われるロジックモデルは、「インプット→活動→アウトプット→アウトカム→インパクト」という直線的な因果関係を整理するのに強い枠組みです。しかしこのモデルは、フィードバックループや制度的制約、人や環境との相互作用、さらには副作用を見落としがちであり、結果として、「活動を増やせば成果が出る」という思い込みに陥る危険があります。SIIFICが2022年に調査を始めた当初、多くの投資先が示していたのは、医療費の最適化や健康寿命の延伸といった抽象的で一般的なアウトカムであり、そうした指標は、各企業が生み出す固有のインパクトを曖昧にし、事業計画書の経営数字をそのままインパクトと誤認するケースさえありました。

システム思考によるインパクト評価において、「ネガティブ・インパクト」という視点があります。システム思考で用いられるループ図では表現されるこの視点も、従来のロジックモデルでは抜け落ちてしまうのです。このように、インパクトデューデリジェンスは​従来の​VCデューデリジェンスに​取って​代わる​ものではなく、​それを​補完する​ものです。​システム思考を​通して、​企業の​事業計画に​書かれていない​ことを​明らかに​する​プロセスであり、​企業の​本質を​深く​掘り下げるような​ものとも言えます。

#インパクト投資にシステム思考を取り入れるメリット

「システム思考」を投資プロセスに取り入れるメリットを以下に示します。

・持続可能性のあるインパクトを生み出す可能性があること
構造的な課題、たとえば制度・規制・インフラなどに手を入れることで、単発の介入では見えなかった阻害要因を解消できます。それによって、アウトカムの減衰を防ぎ、ポートフォリオ全体で安定した影響を発揮しやすくなります。

・投資家の役割を「お金を出す人」から「仕組みを形づくる人」へと広げる可能性
資金提供にとどまらず、契約の条件をどう設定するか、どのような情報を開示するか、あるいは地域社会やステークホルダーとの関係をどう築くか。そうした設計そのものに投資家が関わることができます。

・リスク管理の強化
システム全体を可視化することで、遅延、制度的抵抗、副作用といった見落とされがちなリスクに気づくことが可能となり、こうしたリスクが見える状態で契約やインパクトKPIを設定すれば、意思決定の過誤を減らすことができます。

・学習と適応を前提とした運用
状況が変われば応じてモデルを更新し、構造を再設計する。これができる投資家や投資先こそが、時間とともに影響力を持ち続けることができます。

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