変化の理論(ToC)

インパクトデュージェリジェンスにおいて、SIIFICは「システム思考」により、社会や事業の変化を因果関係の連鎖として、投資先を取り巻く環境の構造的な現状分析やシステムチェンジを起こすための「レバレッジ・ポイント」の特定を行います。そこから導かれる戦略やストーリーが、インパクト測定・管理(以下、IMM:Impact Measurement & Management)の根幹となる「変化の理論(以下、ToC:Theory of Change)」です。

ToCとは、期待される変化がなぜ・どのように起きるかの全体像を可視化し、期待される変化と現在のギャップを説明するものを指します。組織や取り組みがどのように変化を生み出すかを計画して、その効果を評価し、関係者にその変化のプロセスを伝えるためのツールであり、組織の活動に応じて更新され続ける“羅針盤”とも言えます。以下、関連するキーワードやケーススタディを通じて、ToCに関する理解を深めます。

#レバレッジ・ポイント

「世界がもし1000人の村だったら」という設定で社会を描いた小文『村の現状報告』で知られる環境科学者ドネラ・メドウズは、1999年に「レバレッジ・ポイント」の概念を提唱しました。レバレッジ・ポイントとは、システムの中で「より少ないリソースでより大きく持続的な成果をもたらす介入場所」を指し、数値や短期的な調整よりも、ルールや情報の流れ、価値観といったシステムの根幹に近い「高位の介入点」に働きかけることの重要性を説きます。投資家がこうした領域に関与できれば、単に資金効率を上げるだけでなく、持続的で大きな変化を生み出す可能性が広がります。

#ケーススタディ:プロキシマー社

インパクトデューデリジェンスにあたっては、「システム図」による現状分析を進め、変化を起こす「レバレッジ・ポイント」を掘り起こします。そのレバレッジ・ポイントに立脚し、投資判断や伴走支援の根幹となる「ToC」が描かれます。以下、アトランティックサーモンの陸上養殖を行う企業プロキシマー社を具体例にとりあげます。

プロキシマー社の投資におけるポイントは、「SIIFICウェルネスファンド」がレバレッジ・ポイントのひとつに定める「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」との因果関係にあります。システム図の作成にあたり、同社が所在する静岡県小山町の地域課題や性別・世代を超えた働き方の問題を丹念に分析した結果、雇用とソーシャル・キャピタルの因果関係が見えてきました。

プロキシマー社のデューデリジェンス時に作成したシステム図
プロキシマー社のデューデリジェンス時に作成したシステム図

システム図の左上に置かれた「地方企業の働き方改革の遅れ」に着目します。女性の働く場がなく、目指したい人物像(ロールモデル)もいないことから、若い女性たちが流出していく。活躍の機会がなくて若者もいなくなり、高齢化が加速して地域活動を維持できなくなってしまう。こうしたことが地域のソーシャル・キャピタルを弱体化させる要因になっていると考えられます。その場合、地方企業の働き方改革が、実はソーシャル・キャピタルを涵養していくためのレバレッジ・ポイントといえるのではないか、という仮説が見えてきます。若者や女性がやりがいのある仕事をしながら地方に住み続けられる環境を整えることで、その地域に愛着を抱くようになり、地域活動が活発化していき、結果として地域における人と人との繋がり、社会関係資本を豊かにしていくことがありうるのではないかと、整理することができました。

一方、プロキシマー社に目を向けると、地方での良質な雇用がソーシャルキャピタルの豊かさに繋がっていくという仮説を裏付ける光景が広がります。同社は最先端の水産技術を持つノルウェーの企業で、アトランティックサーモンを孵化から育成、出荷まで、一貫して施設内で行う完全陸上養殖を実現しています。その技術に惹かれてさまざまな人々が集まり、男女の区別を超え、国籍も文化も異なる人々が自由闊達に働き、職場にはさまざまな言語が飛び交います。大学院での経験を直接仕事に活かし、自分の専門性を発揮しながらスキルアップもできる環境だけでなく、高水準の賃金やワークライフバランスを重視する北欧企業ならではの制度、長期休暇も取りやすいなど、収入や働きやすさの面でも魅力が備わっています。こうしたプロキシマー社の特徴は、「どこにあるか」ではなく「この仕事がしたい」という強い動機を持つ人々を引き寄せ、地域に根付いていく未来が見えます。

プロキシマー社におけるToC
プロキシマー社におけるToC

さまざまな分析や議論の結果として作成されたToCには、プロキシマー社を取り巻く外部要因や背景、レバレッジ・ポイントを中核とした目指す状態への道筋が描かれます。

本ToCでは、「トップコミットメントに則った社内規定の整備」がアウトプットとされており、プロキシマー社の経営層との間で合意された、若者と女性がいきいきと働ける環境整備に向け、就業規定づくりが合意されたことを示しています。地域コミュニティやダイバーシティに対する課題意識を持ち、実際の取り組みとして実践もしている同社ですが、日本の拠点はまだ新しく、就業規定も未整備の状態にあるため、SIIFICが就業規定の作成支援を行うことが「インベスター・コントリビューション」として明記されています。具体的には、B Corp認証のアセスメント項目を参考に、従業員(ワーカー)分野における「従業員のキャリア開発」と「参画(エンゲージメント)」、そしてコミュニティ分野の「多様性と包摂」を参考にする計画です。

中期アウトカムは、「自分らしい生き方」の基盤となる「やりたい仕事」「収入機会」「挑戦・成長」「学べる機会」と定義されています。これは、投資や活動が社会や環境に与える影響を数値などで評価する基準(インパクト指標)となる「インパクトKPI」として設定されたもので、ソーシャル・キャピタルの充実につながる重要な指標です。デジタル庁が公開している「地域幸福度(Well-Being)指標」とプロキシマー社の従業員アンケートの結果を比較することで計測され、ToCで描かれた仮説が今後のインパクト測定を通じて検証されていくことになります。

#良いToCとは何か

本稿の冒頭で、ToCとは、期待される変化がなぜ・どのように起きるかの全体像を可視化し、期待される変化と現在のギャップを説明するものと説明しました。SIIFICがこれまでの投資やデューデリジェンスの議論を重ねて導き出した核心は、「良いToCとは何か」という問いでした。そしてその答えは、「人を動かすToCこそが良いToCである」という明快なものです。​議論を通じて、パートナー企業が​新たな​気づきを​得られ、​特に​創業者たちが​創業当初の​情熱を​取り戻すきっかけとなったり、その従業員が目指す姿・あるべき姿に大して腑に落ちることで、仕事への向き合い方が変化したりすることで、ToCに触れる人々の心が動く状況が生まれる。こうした状況こそが、ToCが描かれる意義と言えるでしょう。システム思考に基づいて”人を動かすToC”を設計し、それをロジックモデルに変換する。

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